「るろうに剣心」の最終作、The Beginning を観てきました。
ついに完結ということで一作目からリバイバル上映をやっていたので、順番に観に行ってこれが最後。最後の作品なので実は二回見ました。
前の4作品とはまったく違う雰囲気の作品になっているので、感想を書いてみる。殺陣のシーンがすごいことはもう今更ですから、主に剣心の人物像についてです。ネタバレありありにあり、敬称略、制作者の意図は関係なくあくまで私個人が勝手に思ったことですよ。
この作品はOVAがとても有名で、映画も原作よりもどちらかというとそちらに寄せてますね。OVAは二人の男性の間で苦悩する巴の心情を丁寧に描いていて、一生同じつがいでいるという白鷺が巴の心の揺れを表していたり、椿の花が効果的に使われていたりとかなり細かく造り込んであって、愛し合ってはいけない二人が愛し合ってしまう悲恋物語で、何度観ても泣けます。
一方この映画の方は、完全に剣心の物語ですね。二回観て、二回とも「これは剣心という少年の物語だ」と思いました。理想を胸に山奥から出てきた、腕は立つけど世間知らずの少年が、周りの大人に上手いこと丸め込まれて汚れ役をやらされ、一生重い十字架を背負わされるという、身も蓋もない、えげつないお話。その大人は、この純真な少年の人生を狂わせると分かっていながら利用するんですからほんにえげつない。最初から最後まで可哀想なくらい便利に使われまくるなかで、悩み、迷い、苦しむ孤独な少年の物語です。殺陣のシーンがまた凄くて、ものすごい速さでばさばさと斬っていくところは、残酷だけど美しさすら感じますが、短い。アクションを期待していた人にとっては物足りないかもしれないけど、この物語のキモは実は殺陣シーンではなく、剣心が変わっていく姿なんですよね。
一回目を見たとき、剣心の表情が前作までとはあまりに違うので、あれ?佐藤健ってこんな顔だったっけ?と思いました。一作目から10年近く立っているからアップになるとやっぱり顔は老けていて、頬の緩みなんかはっきり映るから30前だと分かる。でもなぜか、20代前半でまだ少年の面影を残していた一作目より、今回の剣心の方がどことなく幼い。それは、表情がぼやっとしているから。殺陣シーン以外はあの目力がないんですよ。
奇兵隊に入ったシーンでも、周りの大人たちに囲まれて酒を勧められて、戸惑うような引きつったような笑顔を浮かべるとこなんか、その表情を見ただけで、「あ、これあかんやつや。この子上手いこと騙されて、仲間のため、世の中のためとか思わされて鉄砲玉に使われるわ」と分かるのよ。純真で、世慣れていなくて、仲間として受け入れられて嬉しいけど、どう振る舞ったらいいのか分からない、という子供の表情そのものなの。
剣を振るっているときは怖いくらい冷酷な表情なのに、それ以外の時の剣心は伏し目がちで、瞼が重くて、どことなく曖昧な表情をしている。暗殺者だから人の記憶に残らないようにしているというのもあるんだろうけど、これは、まだ人生決めていない子供の顔ですわ。自分はこう生きると決めている大人の男の顔じゃないんですよ。表情から強い意志が伝わってこない。まだどう生きるべきかを決めかねている、迷いがある、だから幼く感じるんですね。
すごく印象に残っているシーンは、池田屋に駆けつける途中で沖田総司や新撰組と遭遇するところ。剣心、涙を流しているんですよね。長州藩士が止めに入って、斉藤に兆発されて向かおうとするとき、頬をつーっと涙が伝うんですが、この時の表情は、頭の混乱した子供のそれ。10年後の剣心だったら絶対にこんな顔はしなかったと思う。新しい世の中を作るために必要だと思って暗殺を続けてきたけど本当にそれが正しいのかと迷いが出てきて、そこを巴にグイグイ突っ込まれて、思い悩んでいる時に池田屋に行かなくちゃいけないし、邪魔は入るし、頭がぐちゃぐちゃに混乱してテンパっている子供の顔ですわ。この表情は本当に凄い。ここの見所は沖田との対決なんだけど、その後のほんの短いこのシーンの方に衝撃を受けたわ。ここは何度でも観たい。漫画のキャラである剣心を生身の人間としてものすごくリアルに感じた場面でした。そのぼやっとした表情の剣心が、巴に「ともに暮らそう」と言った時は、意志のある男の顔をしているんですよね。で、巴がそれを受け入れてくれたら、ふっと安心したような元の伏し目がちの少年の顔に戻る。この表情の変化、まさに生きて悩んでいる人間ですわ。
次に印象に残ったのは食事のシーン。静かに淡々と食べ物を体内に入れているだけという食べ方だったのが、田舎の家で巴と食事をしているときは、無言なのに頬や口元からもう美味しいのが分かる。飲み込んでふーっと鼻から息をはくところなんか、巴でなくても「よかったねー」と言いたくなるほど。大根を抜いて嬉しそうにしているところなんて、完全に無邪気な子供。もう可愛くていとおしくて、巴が目的を忘れそうになるのもむべなるかな。
佐藤健、上手い俳優だとは思っていたけど、こんなに繊細な演技をする人だったとは。これ、漫画のキャラとは違うまったく新しい剣心よね。原作とは違うので嫌だと思う方もいらっしゃるかもしれないけど、私はこの剣心、すごく好きですわ。理想を抱いて、正しいと信じて汚れ仕事を引き受けて、その方法に疑問をもって、どうすればいいか一生懸命考えて、好きな人が出来て、その人との暮らしに幸せを感じて、そうやって人生を模索していくひとりの少年の姿が、凄く生々しい。生々しいからよけい痛々しくもあったわ。
闇の武との闘いのシーンや、巴を斬ってしまうシーンは、白と血の色の赤のコントラストが美しかったのだけど、その後のシーンで全部持って行かれた。
亡くなった巴と一緒に剣心は今まで通りの生活をするんですよね。部屋の奥の布団に巴の亡骸を横たえたまま、剣心が一人で台所に立って料理をし、ひとりで食事をし、巴と一緒に外を見た縁側に一人で座って、穏やかな表情で雪景色を見つめるところ。巴を斬ってしまう場面よりも、この場面の方が「えげつないなあ」と思った。剣心がこれから心穏やかで静かな生活を送ることはもうないんだよね。二度と戻らない日々に別れを告げるようなこの無言のシーンは、私にとっては「るろ剣」シリーズのなかでもっとも残酷なシーンだわ。
OVAは何度観ても泣ける私ですが、「The Beginning」は二回とも泣けませんでした。この映画の剣心という人物像があまりにも生々しくリアルだから、よけいに泣けない。ただ「この子はまだ10代なのに重すぎるほどの重荷を背負わされて、これからの長い人生を生きていかなければならないんだなあ」と、なんとも言えないやるせない気持ちになった。人は生まれてきた以上、寿命が尽きるまで生きなければいけない。重荷を背負って、でも生きろ、と。ああ、私も歳を取ったなあ。
*****
巴についてですけど、なんかイメージが違うのね。イメージと言えば剣心も原作とはイメージが違うんだけど、巴がミステリアスというより健康的すぎるかなあ。
有村架純という女優さん、大好きなんですわ。「何者」のほんわかしていて、それでいて芯の強い女子大生は、男子大学生ならみんな好きになるだろうなあと思うくらい可愛かったし、「3月のライオン」の意地悪で荒んだ姉の役も良かった。でも、この巴役は、うーん。
すごく綺麗なんですよ。目がぱっちりしていて鼻筋が通っていて、鼻から顎のラインなんて本当に美しい。でも、着物だからふっくらして見えるし頬もパンパン。剣心の顔が小さい分、余計にぱんぱんに見えて、正面で顔が並ぶシーンになると、ああ、パンパンやなあ、と。女郎に落ちて流れてきたんだろうと言われていたけど、絶対そんな風には見えません。無愛想だけどしっかり者の若い娘さんそのもので、美しく健康的で、まるで姉のように世話焼きの娘さんだからこそ、剣心も疑いを持たなかったのかも知れないけど、それにしても陰りが無さ過ぎてコスプレ感強かった。剣心の着物は汚れたりよれたりしているのに、巴の着物はやけにきれいで釣り合わないんだよね。生活感がないの。あの髪型も良くないわ。巴には思い入れのある人が多いから原作通りにしたのかもしれないけど、もっさりしすぎや。ただ、健康的で面倒見が良いから、田舎で二人で暮らしているシーンなんかめちゃはまるんですよね。佐藤健よりも年齢は下なのに、剣心よりも年上に見えた。
で、いろいろ考えていたんだけど、巴も剣心と同じなんだよね。薫の場合、薫と剣心は光と影、日向と日陰の関係で、薫は剣心が若いころこうありたいと思ったような理想を貫いている眩しい存在で、だからこそ守りたいと思ったのだろうけど、巴と剣心は同じ。どちらも大人の思惑に巻き込まれて人生狂わされた子供なんだなあ。巴も利用された普通の小娘だったら、陰りがある大人の女よりもあれくらい健康的で普通の娘さんっぽい方が合っているのかなと思う。最初は復讐を考えていたのに、実際の剣心と接している間にそっちに惹かれてしまうというところも、普通の若い娘らしいといえばらしいし、剣心の弱点を探れと言われていたのが、そうではなく剣心を惹きつけること自体が目的だったと言われて、驚くシーンなんか、普通分かるやろ、あそこまで世話焼きしたら若い男は惚れるよ、弱点も何も、人斬りがすっかり無邪気な農家の子供になってるやん、と思った。でもそういうのにコロっと騙されるところも普通の娘さんなんだよね。臈長けた女だったら最初からそっちが目的だと気付く、てか自分でそれを目的にする。
田舎で二人仲良く暮らしているところまでは良かったのだけど、その後から亡くなるまでがもうダメだった。闇の武に騙されていたと知った時の驚き方は大袈裟すぎて、え?いきなりキャラ変わってる?と思うくらい不自然だった。一番気になったのは、あのアイメイクよ。つけまつ毛もアイラインも顔に陰影を出すためなんだろうけど、巴が亡くなるシーンでもはっきり見えるのは興ざめだったわ。るろ剣世界にアイラインやつけまつ毛が存在していても別にいいよ。死ぬ覚悟の女性が身ぎれいにするのも分かるよ。でも、ちょっと前まで涙で顔がぐちゃぐちゃやったやん。なんでアイメイク崩れてないの?普通、化粧崩れするよ。どんだけアルティメットスーパーウォーター&オイルプルーフやねん。そのまつ毛とアイライン、どこで売ってるのよ。目じりを上げ気味に描いたアイラインに合わせてまつ毛を付けているから、目を閉じかけているときに、まつ毛だけ海苔みたいに浮いていて思い切り不自然。感動的な場面のはずなのに、あー、つけまつ毛やなあ、といきなり現実に引き戻されたわ。
剣心の人物像はすごくリアリティがあったし、家の中の様子や小物に季節ごとの光や影まで凝っているのに、あのまつ毛で全部台無し。大きなスクリーンでアップになった顏が観客からどう見えるか、そこ手を抜かないで欲しかった。目鼻立ちがはっきりした女優さんなんだから、アイメイクはなくても良かったんじゃないの?
ちなみに小道具といえば、剣心が巴を探していくシーンで着ていた白っぽい着物の袖に振りがあるんですね。巴の死後、桂が訪ねてきた時の剣心も、襷がけをして振りを後ろに回している。一方、京都で人斬りをやっていた剣心は筒袖の着物を着ている。これ、絶対意図的に変えていると思う。ほかに、あれ?と思ったのは、剣心が二本差しじゃないんですわ。清里を斬る回想シーンの剣心は脇差を挿しているけど、今回の剣心は大刀しか持っていない。これもやっぱり意図があるんじゃないかな。ちょっと調べてみたら、二本差しというのは主君を持っている武士のお作法みたいなものだそうで、ということは、剣心は長州藩とは関係ない浪人の扱いだったということなのか。そうだとしたら、いざとなったら使い捨てる気満々。剣心はそういう立場だったということなのか。
ほかにもいろいろ細かいところまで丁寧に作りこまれているし、他の役者さんたちも良かったのに、あのつけまつ毛だけが返す返すも残念過ぎる。