2017年8月26日土曜日

ふと思い出したこと

今日、帰りに立呑み屋で立呑んでて、ふと思い出した。
何が「プチット・マドレーヌ」の役割を果たしたのか分からないし
完全に忘れていた訳ではなく、10年に一度くらいは思い出すこともあったのだけど
小学校の4年か5年の時、作曲コンクールに出たのね。

コンクールといっても、御大層なものではなくて
兵庫県の東播磨地区の小学生の中でのコンクールだったから
地域の音楽教育関連行事の一貫だったのだと思う。

なぜ自分が学校代表に選ばれたのか、まったく分からない。
当時のこういう行事の代表って、選抜試験をやることもなく
投票で決める訳でもなく、先生が適当に選んでいたのね。

音楽だけでなく、作文コンクールとか絵画コンクールも同じで
先生が代表を選んで、入選したら朝礼で表彰されて
へーそんなんあったんだ、おめでとう、パチパチ(拍手)という風に
他の児童の預かり知らぬところでいつのまにか始まり
いつのまにか終わっていた。
今だったら父兄が黙っていないだろうけど
昔の学校なんてこんなもんだったわ。

多分私が選ばれたのは、当時クラス委員をしていたのと
ピアノを習っていたからだと思う。
一緒に行った子もクラス委員でピアノを習っていたから。

私は習っていたといっても、とんでもなく下手で全然上達しなくて
当時通っていたカワイ音楽教室の先生にも匙を投げられていた。
クラスにはもっと上手い子がいっぱいいたのだけど
その頃は、ピアノが女の子のスタンダードなお習い事だったので
クラスの女子のほとんどが習っていたし
学級委員だからこの子選んどいたら無難だわ、みたいな
いい加減な基準で選ばれたんだと思う。
まあ、その程度のゆるーいコンクールだった。

選ばれたことをいつ先生から聞かされたのか
コンクールが夏だったのか冬だったのか
親にどう話したのかも、まったく覚えていない。
当時は土曜が半ドン(死語)だったので
土曜にいきなり言われて、その日の午後に
学校から直接行ったのかもしれない。

多分、近所の駅からJR(当時は国鉄)に乗って
担任の先生と、もうひとり引率の先生と、
同級生のさよちゃんと、みゆきちゃんと一緒に出掛けたはずだけど
会場となった小学校も、どこだったか覚えていない。
加古川市か、小野市か三木市か、あのあたりだったと思う。
記憶が始まるのは、会場の小学校の中庭から。

中庭を通って受付に行くと、自分が入る教室を指示されて
三人はばらばらに違う教室に入った。

教室の中には、足踏みオルガンがずらっと並んでいた。
ひとつの教室に40人くらいいたと思う。
自分の名前が貼ってあるオルガンの前に座ると「お題」が配られた。

それぞれリズムが違う音符が三種類書かれていて
その中から一つ選んで、そのリズムを使って曲を作るというもの。

足踏みオルガンを弾きながら、配られた五線紙に作った曲を書いて行く。
ト音記号を書いて、拍子を書いて、選んだリズムにメロディを乗せて
小学生が音楽の授業で覚えた知識で作れる程度の
ごく簡単な曲を作った。たしか時間は一時間くらいだったと思う。

時間が来たら五線紙を提出して、中庭に戻って
またみんなで一緒に帰った、はず。
このあたりもほとんど覚えていない。

それから数週間後、私は「努力賞」というのを取ったらしくて
朝礼で全校児童の前で表彰された。
さよちゃんとみゆきちゃんは、どちらかが三位入賞
どちらかが同じ努力賞だったと思う。

よく分からないままに選ばれて、よく分からないままに連れていかれて
よく分からないままに曲を作って、よく分からないままに帰ってきたので
表彰されても、はあ、という感じで特にうれしかった記憶もない。

そもそも「努力賞」というのがどういう賞なのかも
説明された記憶がないからよく分からない。
思うに、授業で教わった音部記号や休止符をちゃんと使って
最後まで書けていたらもらえる賞だったのではないかと。

その努力賞の表彰状は実家に保管してあるので
コンクールに出たことは確かなんだけど
本当に記憶があいまい。
これくらいの年ごろの子供は、毎日毎日新しい刺激を受けるから
過ぎたことはさっさと忘れるんだろうね。

こんなに記憶は獏としているのに、不思議なことに
その時作った曲は、はっきり覚えているのね。
A A’ B Aという構成の、ものすごく単純で短くてつまらない曲なのに
今でもちゃんと覚えているわ。

考えてみれば、子供って柔軟よね。
いきなり曲を作れと言われて、ちゃんと作って提出したもんね。

絵を描きなさい、はいはい。
工作しなさい、はいはい。
朝顔育てなさい、はいはい。
25メートル泳げるようになりなさい、はいはい。
逆上がりできるようになりなさい、はいはい。
つたないながらも全部やってるし。
今の子供も同じことやっているよね。
さらに、塾に行って、サッカーして、英語習って
もっと忙しくいろいろやっている。子供、すごい。

大人じゃこんなことありえないわ。
無理なもんは無理だし、そういうことに時間を使うのが無駄
と考えて、はなから手を出さないもんね。

あのまま音楽の勉強を続けていたら今頃は作曲家に、
・・・絶対なってないな。

ピアノはちっとも上達しないから、中学に入る前に辞めちゃったし
大学時代はベースを弾いていて、指のマメを何度も潰しながら
毎日毎日練習していたのに、いまではまったく弾けなくなっている。
その頃何曲か作ってみたけど、その時作った曲はまったく覚えていない。
随分前に掃除していたら楽譜が出てきたけど、センス皆無で赤面した。
今では楽譜を書くことも出来ない。

子供だった私、えらい。
現在の姿からは想像もできないほど
柔軟で勤勉だった私のために
「努力賞」、胸を張っておこう。
どういう賞かよく分からないけど。

2017年8月20日日曜日

わが恋は夏野の薄

エアコンつけたまま昼寝していたら、風邪をひいた。喉が痛い。
ようやく週末が来たよ。もう11連休いい加減に飽きた。
夏は暑いし、人は多いし、どこにも出かけたくない。
休み長すぎ。

昼間、買い物帰りに近所の公園の側を通った。
これって、すすきだったんだ。

池の中に背の高い草がもさもさ生えていて
うっとうしいなあ、どうして刈らないんだろうと思っていたけど
すすきは、わざわざ庭に植える人もいるくらいだし
もしかしたらここもそうかも。

単なる雑草だと思っていたのが、穂がでて初めてすすきと気付いた。
枯れて、穂がふさふさすると秋の風情を感じる植物になるけど
夏の間は暑苦しいだけのただの雑草ね。

兵庫県の神河町というところに、映画「ノルウェイの森」のロケ地にもなった
有名なすすきの野原があるのだけど、写真でみると秋はすごく綺麗。
でも、夏の間は一面こんなにもっさりしているってことよね。
うわー、草刈り機で一気に刈ってしまいたい。

 我恋は夏野の薄(すすき)しげゝれど穂にしあらねば問う人もなし

これは源実朝の歌集「金槐和歌集」に入っている歌で
私の恋は夏の野原のすすきのようなものだ
どんなに想いが溢れていても、表に出ないので
恋をしているのですかと問う人もいない
という意味の、忍ぶ恋を詠った歌。

これを読んだとき
だれが上手いこと言えと?
と思ってしまった。だってほら、AとかけてBと解く、その答えは?みたいで
笑点の大喜利に風流コーティングしました、という感じなんだもん。

ほかにも上手いこと言うてますよ。

 我恋はかこのわたりの綱手縄たゆたふ心やむときもなし

私の恋は加古の渡しの縄手綱がたゆとうごとく
揺らぐ心の止むときがない

和歌というのは比喩を使って上手いこと言うことなのかなあ。
(違うと思うけど)

すすきの穂花が出始めたのを読んだ歌なら、西行のこっちの方がいいかな。

 茂りゆきし原の下草尾花出でて招くは誰を慕ふなるらん

和歌のことはあまり良く分からないのだけど
源実朝は、万葉調の歌人だと言われたこともあったのね。
言ったのは正岡子規ですけど。

 大海の磯もとゞろにゆする波われてくだけて裂けて散るかも

これなんか万葉集に入っている歌ですと言われたら
ほーそうですかと信じてしまいそう。

この和歌が載っているのは、岩波の「日本古典文学大系」の中の一冊で
西行の山家集と実朝の金槐和歌集がひとつにまとまってる。
出先のビルのロビーで古本フェアやってて、たまたま目についたから買ってみた。
寝室に置いていて、眠れないときなどにパラパラめくっているのだけど
両方を読み比べてみると、なんとなく西行の方が洗練されている感じね。
和歌は良く分からないから、なんとなく、だけど。

でも実朝の歌、結構好きかも。

 田子の浦の荒磯(あらそ)の玉藻波の上にうきてたゆたふ恋もする哉

田子の浦の荒磯の波の上に漂っている玉藻のように
はかない恋をしているんだよなぁ、という歌。
このふわふわ漂うような寄る辺ない感じと、
若くしてあっさり暗殺されちゃった実朝の身を重ね合わせると
なんとなくしんみりしてしまう。


この池にはがまの穂も生えていて、秋になると全部刈り取られるのだけど
刈り取った分欲しい。買ったら高いんだもん。

天気が良かったのと風がなかったので、水にくっきり空が映りこんで
水面を滑るようにカモが近づいてきて、水の上の空に浮かんでいるようだなあ
などと陳腐なことを言ってしまう。あー、私って表現力ないわ。

感情をうまく表現する言葉を持たないって、結構しんどいね。
言葉だけでなく、絵とか音楽とか。そういう才能がある人ってうらやましいわ。

金槐和歌集とは鎌倉右大臣を唐風にもじってつけられた名前だと
解説に書いてあった。金は鎌の偏の金、槐は大臣の異称
金槐で鎌倉の大臣と言う意味。誰が上手いこと言えと。
これは佐々木信綱先生の説だそうです。

使いどころのないマメ知識を付けてしまった。
たまには解説も読んでみるもんだ。

と、ぐたぐた思いながらうとうとして、目が覚めたら夜だった。
また人生を無駄にしてしまった。

人生無駄、というか全部放り投げた人の歌。

 世の中を背きはてぬと言ひおかん思ひしるべき人はなくとも  

西行は職も家族も捨てて、すがる娘を蹴飛ばして出家したそうですが
いったい何があった?
「思ひしるべき人はなくとも」そら、ないやろ。

 そらになる心は春のかすみにて世にあらじともおもひ立つ哉

空虚になっている心は春のかすみのようで
憂き世にとどまるまい、と思い立ったよ。
みたいな意味かな。
出家前の23歳の時の歌だそうで
なんとなく出家したいと思うのは分かるけど
思うのと実際やっちゃうのとの間には広くて深い川があるよ。
それを飛び越えさせたもの、何だったんだろうね。

私もなにもかも放り投げて隠遁生活を送りたい。
花鳥風月を愛でる生活をしたい。
でも、隠遁生活には結構お金かかるのよ。
定期収入なしで暮らせるほどの貯蓄。
そんなん、無理無理。足腰立つ間は働き続けないと。

我が身ひとつの身の振り方もままなりませんわね。
仕方ないから、スイカ食べて寝る。


***

風巻景次郎、小島吉雄校注『山家集 金槐和歌集』日本古典文学大全 岩波書店 1961年

2017年8月16日水曜日

帰郷

学生時代だったかな、夏に実家に帰ったときに母から聞いた話。
聞いたのがちょうど今の時期だったので
この話は多分それより数ヶ月前の春の事だと思う。

***
お隣の美容院が家と店を新築して引っ越していったので
徒歩圏内に数軒ある美容院のうちの一軒にお世話になってた。

その店をひとりで切り盛りしていたのは、母より少し年上の美容師さん。
ずっとスポーツをやっていて、毎晩仕事が終わった後に
町はずれの峠のトンネルまでジョギングするのが日課だった。

その日も美容師さんは同じようにジョギングに出かけた。
店から路地を抜けて駅前通りに出る。
夜11時前で、商店は閉まっており
駅前通りはひとけもなく静まり返っていた。

通りを抜けて山の方向にしばらく走ると家がだんだんまばらになって
墓地と、製材所を過ぎたところで道は二手に分かれる。
右は峠に向かう県道。左は隣の集落へと続く細道。

美容師さんはいつも通り右の道をまっすぐに峠に向かった。
歩く人はもちろん通過する車もない。
点々と広い間隔をあけて建っている街灯が
暗い道路を照らしていた。

峠のトンネルに着くと、美容師さんはまた山道を引き返した。
二手に分かれる道の手前まで戻ってきたとき
前方の駅前通りのほうから、ぼんやりとした青白い光が近づいてくるのに気づいた。

美容師さんはすぐに、これはこの世のものではないと直感したが
そのまま走り続けた。だんだんと白い光に近づくと
それは、青白い光につつまれた人だった。

背嚢を背負い、くたびれた軍服に足元にはゲートルを巻いて
軍帽を目深にかぶって俯きがちの顔ははっきり見えなかったが
子供のときに見た記憶通りの、戦地から戻ってきた兵隊さんの姿だった。

美容師さんは平静を装ってそのまま走り続け、その兵隊さんとすれ違った。
すれ違うときに、ご近所の人にいつもするように頭をさげた。
するとその兵隊さんもそれに応えるように会釈を返してきた。

しばらく走ってから美容師さんが後ろを振り返ると
青白い光は隣の集落に続く道のほうに向かい
やがて小さくなって暗闇に消えていった。

それから数日後の朝刊に、南方で戦死した方の遺品が元米兵から返還され
隣の集落にある遺族の家に戻ってきた、という記事が出た。

その記事を読んだ美容師さんは、自分が見たあの兵隊さんは
この家のご主人だったのだ、ようやっと戻ってこられたんだなあと思った。
軍帽を目深に被って、会釈をしてくれたあの青白い兵隊さんの姿を思い出し
「ようおかえり、長い事ご苦労さんでした」と手を合わせた。

***

遺品は本当に隣の地区の家に戻ってきたし
そのことが「古い付き合いでございます」の神戸新聞にも載った。

美容師さんが嘘をついているとか、幻覚を見たのだとか
いろいろ説明は付けられるだろうけど意味はない。
分類の便宜上「怪談」というラベルをつけたけど
本当はそれも相応しくないように思える。

戦後数十年経ってようやく故郷に戻ってくることができた
兵隊さんの魂が安らかなれと祈るばかり。

また放置、そしていつのまにか春

 歳月が流れるのは早いなあ。 ぼーっとしている間に一年が終わり、年が明けたと思ったらもう2月も終わり。 父が手術で入院したりとバタバタしていたので2月半ばまで実家でリモートワークした。 いやー、仕事になりませんわ。 18時まで仕事なのに、5時過ぎから母に「ごはん作るの手伝え...