学生時代だったかな、夏に実家に帰ったときに母から聞いた話。
聞いたのがちょうど今の時期だったので
この話は多分それより数ヶ月前の春の事だと思う。
***
お隣の美容院が家と店を新築して引っ越していったので
徒歩圏内に数軒ある美容院のうちの一軒にお世話になってた。
その店をひとりで切り盛りしていたのは、母より少し年上の美容師さん。
ずっとスポーツをやっていて、毎晩仕事が終わった後に
町はずれの峠のトンネルまでジョギングするのが日課だった。
その日も美容師さんは同じようにジョギングに出かけた。
店から路地を抜けて駅前通りに出る。
夜11時前で、商店は閉まっており
駅前通りはひとけもなく静まり返っていた。
通りを抜けて山の方向にしばらく走ると家がだんだんまばらになって
墓地と、製材所を過ぎたところで道は二手に分かれる。
右は峠に向かう県道。左は隣の集落へと続く細道。
美容師さんはいつも通り右の道をまっすぐに峠に向かった。
歩く人はもちろん通過する車もない。
点々と広い間隔をあけて建っている街灯が
暗い道路を照らしていた。
峠のトンネルに着くと、美容師さんはまた山道を引き返した。
二手に分かれる道の手前まで戻ってきたとき
前方の駅前通りのほうから、ぼんやりとした青白い光が近づいてくるのに気づいた。
美容師さんはすぐに、これはこの世のものではないと直感したが
そのまま走り続けた。だんだんと白い光に近づくと
それは、青白い光につつまれた人だった。
背嚢を背負い、くたびれた軍服に足元にはゲートルを巻いて
軍帽を目深にかぶって俯きがちの顔ははっきり見えなかったが
子供のときに見た記憶通りの、戦地から戻ってきた兵隊さんの姿だった。
美容師さんは平静を装ってそのまま走り続け、その兵隊さんとすれ違った。
すれ違うときに、ご近所の人にいつもするように頭をさげた。
するとその兵隊さんもそれに応えるように会釈を返してきた。
しばらく走ってから美容師さんが後ろを振り返ると
青白い光は隣の集落に続く道のほうに向かい
やがて小さくなって暗闇に消えていった。
それから数日後の朝刊に、南方で戦死した方の遺品が元米兵から返還され
隣の集落にある遺族の家に戻ってきた、という記事が出た。
その記事を読んだ美容師さんは、自分が見たあの兵隊さんは
この家のご主人だったのだ、ようやっと戻ってこられたんだなあと思った。
軍帽を目深に被って、会釈をしてくれたあの青白い兵隊さんの姿を思い出し
「ようおかえり、長い事ご苦労さんでした」と手を合わせた。
***
遺品は本当に隣の地区の家に戻ってきたし
そのことが「古い付き合いでございます」の神戸新聞にも載った。
美容師さんが嘘をついているとか、幻覚を見たのだとか
いろいろ説明は付けられるだろうけど意味はない。
分類の便宜上「怪談」というラベルをつけたけど
本当はそれも相応しくないように思える。
戦後数十年経ってようやく故郷に戻ってくることができた
兵隊さんの魂が安らかなれと祈るばかり。
2017年8月16日水曜日
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